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沖縄 その受難の歴史 序文 大濱 信泉

沖縄 その受難の歴史 序文 大濱 信泉


沖縄 その受難の歴史  かとうきょうすけ著
昭和四十二年十一月

序文
大濱 信泉
 沖縄は日本の固有領土であり、その住民が日本の同胞であることを知らない人はよもやあるまい。
それにもかかわらず、沖縄を異民族による異質的な社会ででもあったかのように考えている人がないではない。
しかもそれは、なんとはなしにそう思っているだけのことであって、別にこれという根拠があってのことではない。
それは、まったく無知のしからしむるところであって、むしろあわれむべきことかもしれないが、しかし沖縄の同胞にとっては、はなはだ迷惑な話である。
 たしかに、沖縄は、風土的に変わったところがあり、また文化的にもきわめて特色がある。まず地図を開いてみよう。
沖縄は日本本土から遠く海をへだてて黒潮の流れに点在する六十余の島々からできており、日本の領土内の唯一の亜熱帯地域である。これだけ地理的環境がちがうのだから、風土のうえに相当ちがうところがあることは、むしろ自然の摂理であって、別に驚くにはあたるまい。また
これだけの空間的距離は、文化のうえにも変化をもたらさないわけにはゆかない。たとえば、言葉ひとつをとってみても、もとは同じ大和言葉ではあっても、距離に自乗して中心から遠くはなれればはなれるほど方言化かはげしくなるといわれているが、沖縄の場合もその例を出てない。沖縄の方言には、多くの古事記、万葉時代の言葉が原形をとどめ、日常の会話においてさえ候う言葉の痕跡が残っており、日本語の史的研究には欠かすことのできない貴重な資料だとさえいわれているほどである。
 沖縄は、このような特異な地理的環境に加えて、さらに特殊な歴史の過程をたどったことがある。
沖縄には多くのすぐれた文化的の伝統と文化財かあり、しかもきわめて異色のものである。この点からいうと、沖縄はたしかに独特の文化圏を形成しているといえよう。それは、独特の自然的環境をたどり来た特殊な歴史の過程の必然の所産であって、たしかに異色とはいえても、異質のものだと断定すべきものではあるまい。もっとも、この特色のゆえに、軽率な誤解を招いている場合があることは否定できないであろう。
 この本は、その目次によっても一目瞭然なように、沖縄の開国史を通じて日本とのつながりを明らかにし、世の人々のある種の誤解を解いたうえで、沖縄の受難の歴史の解明に焦点をしぼり、さらに沖縄が現在当面している複雑にして困難な諸問題を解決する鍵の探究を指向している。そして著者は、この書をものにするにいたった動機として、「まえがき」に二つのことを指摘しておられる。一つは、沖縄の風物と人情に大いに心を打たれ、このような特色ある文化と民族性はいかにして形成されたかに興味をいだき、結局それがたび重なる受難の歴史の所産であるということが判明したということがそれであり、その二は、沖縄が当面している諸問題を解決するにあたっては、長い歴史的背景と深い思想的根底を探ることが必要だということがそれである。
 何書によらず、著者のモチーフとそれに取り組むアプローチの角度によって、内容にもニュアンスの相違を生ずることは、いうまでもない。そこで読者の側でも、それを確かめたうえで読む必要がある。そうでないと、理解は徹底せず、興味もそがれるおそれがあるからである。
史実は、歴史を知る唯一の手がかりとはいえても、歴史そのものとは区別すべきであろう。断片的に史実を並べただけでは、それは歴史の名に値しないからである。歴史は、史実の背後または基底に連綿としてつながっているものであり、それは史実の意味するところを探究することによって把握することのできる精神的な所産ともいうべきものである。歴史の研究に、史学の方法論が重視される反面、史実に関する知識のほかに、すぐれた洞察力と推理力が必要とされるのはそのためである。
 著者加藤恭すけは、その鋭い洞察力をもって史実の背後にあるものを探り、前に指摘した諸点を浮彫りにするようにひたむきに推論を進めておられる。やわらかく かつ、平易な筆致で、明快に論旨を展開しておられるので、一読してさわやかさとともに、吸いこまれる感じを禁じえない。
 沖縄問題が政治の最大の課題としてクローズアップされている秋でもあるので、この書が多くの人々によって読まれ、沖縄に対する正しい認識と理解が普及し かつ徹底することを期待してやまない。
  昭和四十二年十一月
おおはま のぶもと


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